さいとう矯正歯科クリニック診療所のご案内スタッフのご紹介>門松 須賀子

矯正治療を快適サポート! さいとう矯正歯科クリニック
院長:斎藤伸雄がわかる日記
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診療時間
月〜土
午前 10:00〜19:00
日曜日
午前 10:00〜12:30
休診日
木・日・祝祭日
※但し、月1〜2回は日曜診療致します
アクセス
住所
神奈川県横須賀市久里浜1−5−1鈴栄ビル301
TEL
046(830)1388
 
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矯正治療を快適サポート! さいとう矯正歯科クリニック診療所のご案内スタッフのご紹介>門松 須賀子

●スタッフのご紹介:門松 須賀子

歯科医師:門松 須賀子自己紹介

歯科医師の門松須賀子です! みなさん、こんにちは。歯科医師の門松須賀子です。今まで私に関しての情報があまりに少ないためか私のことを歯科医師ではなく衛生士さんと思われている方が大勢いらっしゃいました。(今現在もいらっしゃるかと思います・・・)ですから患者様や保護者の方に「衛生士さんがこんな事までやっていいの?!」と内心不安にさせてしまったことがあったかもしれません。(本当に申し訳ありませんでした!)そこで、門松須賀子という歯科医師がどういう人物なのか少しでもみなさまに理解していただくために私の今まで歩んできた道をお話ししたいと思います。

幼少時代
私が生まれたのは、沖縄県の那覇市で、大学に入学するまでの18年間を過ごしました。
両親が公務員で共働きでしたので、保育園、幼稚園ともお迎えは近所に住んでいたひいおばあちゃんが来てくれていました。一つ年上の兄がいるのですが、母が仕事に行く前に私たちを幼稚園に送っていくと兄は号泣していたそうですが私はそんな兄を見ながら泣くものか!と歯を食いしばって泣くのを我慢していたそうです。いまだに母には「おまえはほんとに我慢強くて全然泣かなかったよ」とお褒めの言葉を頂きます(笑)

小学校時代
小学校に入学後はおうちに帰っても両親がいない、いわゆる「カギっ子」と呼ばれる子供でした。首からおうちの鍵をぶら下げて毎日学校に通っていました。ですが低学年のころはやはりひいおばあちゃん子だったのでしょうか、おうちにはまっすぐに帰らず必ずひいおばあちゃんのおうちに寄って、おやつを買ってもらっていました。その頃私の一番のお気に入りのおやつは「カール」でした。(今でもあるのでしょうか・・・)母は教師だったせいか食べ物などにも非常にうるさかったのですがひいおばあちゃんは何でも買ってくれたので、おかげさまで(?)小学校時代に奥歯は全部虫歯になってしまいました(笑)わたしの通院していた病院は沖縄という土地柄か外人の先生も大勢勤務していて、私をみてくれた歯医者さんも外人の先生でした。いつも明るく話しかけてきて楽しい先生だったので通院が全然苦痛じゃなかったのを覚えています。ですがそのことがきっかけで歯医者になろうとおもったわけではありません(笑)むしろその頃の夢は獣医さんでした。動物が大好きだった私は、よく猫や犬やひな鳥を拾ってきていました。ひどいときは死んでいる蛙を寝ていると思いこんで拾ってきたことがあるくらい、両生類やは虫類、魚類、なんでもありでした。母があまり動物が好きではなかったため、すごく怒られたのを覚えています。ですがそんな母でも犬だけはなんとか許してくれたため、私の実家で飼った犬は半分が捨て犬でした。そんな小学生でしたが、なぜか今では両生類、は虫類、昆虫類は大嫌いになっています。きっと子供のころのピュアな気持ちがなくなったのでしょうね・・・(悲)

中学・高校時代
中学校は、沖縄尚学高等学校付属中学校に入学しました。甲子園にも何度か出場し春の大会では全国制覇も成し遂げたことのある文武両道の高校の附属中学です。私は勉強よりは運動の方が得意でしたので、長刀(なぎなた)部に入部しました。学校には授業を受けに行くと言うよりは部活をやりに行っていたと言っても過言ではないくらい部活が楽しくてしょうがありませんでした。その成果が実り、中三で県大会団体3位、演舞で3位入賞を果たしました!そのため学校の成績の方はおかげさまでさっぱりでした(笑)

高校は中学からのストレートだったので部活も引き続き長刀部を続けました。そのころからは体育会系と文学系とはっきりと分かれるようになり、成績のいい生徒達は6大学を目指して奮起していたのですが、私はと言うと相変わらず部活に明け暮れるようになり、朝練のない日でも登校すると必ず部室に行き、授業が終わるとすぐに部室に駆けつけていました。一応、理系の進学コースクラスだったのですが、成績はクラスではうしろからかぞえた方が断然早かったです。ですがそんな私でも、音楽や美術や体育と言った主要5科目以外の科目が大の得意であったため、絵画や作文がコンクールで度々入選していました。だから、将来はデザイン関係の仕事ができればいいなあと考え始めていました。高校3年になり受験を控えたころから私の課外活動は更に激しさを増し、とうとうバンドまでやり始め毎日部活が終わったらギターを弾いていました。精力的にLIVEなどもやるようになり、学校からの依頼でチャリティーLIVEなどにも参加したりしました。長刀の方も団体準優勝を成し遂げたり初段を取得したりと勉強以外は本当に充実していました。が、やはり教師である母がそんな私を放っておくわけがありませんでした。全国模試のあまりの悪さに母の願いであった国立大学は断念せざるをえない状況になり、「ギターなんて捨てなさい!!」と怒鳴る母に対して嫌悪感を抱いていました。さらに追い打ちをかけるように「デザイン関係の大学に進学したい」と打ち明けると、母は血相を変えて猛反対しました。父はというと職業柄、毎日のように残業で子供の教育に関しては全くの無頓着だったため、「須賀子の好きな道を進ませればいい」などとのんきなことを言っていたものですから、余計に母の怒りに拍車をかけていました。それからは毎日のように母に説教を聞かされていたのですが、どんなに頑張ってもセンター試験での高得点は見込めなかったため、教師である母が出した苦肉の策が『推薦入学』でした。幸いにも課外活動が人一倍充実していたため、内申書にはさほど困ることはなく小論文さえ頑張れば何とか入学できそうな大学を受験することになりました。今思い返せば、本当にバチあたりな大学選びだったと思いますがそのときは将来的に私が困らないように母も必死だったのでしょう。その甲斐あって、見事(?)神奈川歯科大学に合格することが出来ました。11月には早々と合格が決まったため、その後の高校生活はバイトとバンドにあけくれました。母にとっては不本意な娘でしたが、私にとっては一生忘れることの出来ない最高の高校生活でした。

大学時代
生まれて初めて故郷を離れての大学生活は始めは大変不安でした。あまりに高校とは違う環境にとまどうことも多かったのですが、入学してまず驚いたのがサークルの勧誘があまりに激しかったことでした。元々、どんな部活に入ろうかあまり考えていなかったのですが、最初に声をかけてきたのが偶然にも軽音楽部でした。「またバンドが出来る!」と思った私は、ほかの部活の話には全く聞く耳を持たず、すぐに入部を決意しました。後にこの軽音楽部への入部が現在勤務しているさいとう矯正歯科クリニックへの道しるべになるとはもちろん知るよしもありませんでした。

高校の時のバンドと違い、私よりも何歳も年上の先輩とバンドをやることになり、レベルの高さに初めはついていけず、講義をさぼっては部室で練習していました。(そのへんは高校のころから全く変化していませんね)そのかいあってか高校のころとは比較にならないほど上達し、LIVEをやるのも楽しくてしょうがありませんでした。

3年生になると先輩が全員卒業してしまったためやむを得ず私が部長をやる羽目になってしまいました。他の部活では当然女性(しかも下の学年)が部長をやることはまずなかったため、非常にプレッシャーになりましたが他の部長から絶対になめられないように必死に頑張りました(笑)その頃から授業の方も実習が多くなり技術的なものが要求されるようになってきたのですが、昔から手を動かすことが大好きだった私はここにきて初めて自分の得意分野を発揮することが出来るようになり、女の子達が苦労しているそばから割とテキパキと制作物を完成させていきました。3年生も後半にはいると部長としての仕事や実習、レポート提出、バイトと、徹夜をする日々が続くようになり、3年生の後期試験中にとうとう入院してしまいました。腸内検査のため水分しかとることが出来ずしかも外出禁止令が出ていたため私の留年は確定的になったのですが、留年して学費を余分に払ってもらうほど、うちには経済的余裕がなかったため、担当医に頼み込んで試験の1時間だけなら外出許可を出してもらい点滴の針を刺したままで試験を受けたのですが、水だけしか口にしていなかったため頭はもうろうとしてまったく機能せず、ほとんど白紙の状態で提出した科目もあり、いずれにしても留年の可能性は消すことが出来ませんでした。結局絶食すること4日間、深夜まで明かりをつけて勉強しては看護士さんに怒られ、挙げ句の果てには「これ以上入院していたら本当に留年する!!退院させて!!」と大暴れしたため、担当医も看護士さんもお手上げ状態になり、絶対に通院するという約束のもと無理矢理退院しました。その後は当然こんな私が通院するわけもなく、検査の結果もいまだにわかりません。先生、看護士さん、本当に申し訳ありませんでしたm(_ _)mそんな無鉄砲な行動が実り、かろうじて4年生に進級することができました

4年生では様々な臨床実習がスタートしたのですが中でも矯正の実習は私を虜にしました。歯を削ったり詰めたりなどの実習とは明らかに分野が異なるもので、『歯をワイヤーで移動する』という未知の世界に非常に興味をそそられましたし、その3次元的な発想にどんどんのめり込んでいき、ここにきてようやく自分が本当にやりたい分野が見つかり、「卒業したら絶対に矯正をやる!」と心に決めました。

大学卒業後
無事に国家試験に合格し晴れて歯科医師になったのですが、始めは矯正の道には進まずに一般歯科治療をしていました。ある日、部活の先輩の医院に見学に行ったときのことです。先輩に将来はどうしたいの?と聞かれて、「矯正の勉強がしたいのですが、なかなか窓口が見つからなくて・・・」と相談を持ちかけたら、「それなら、うちの部活の先輩で斉藤先生って方が矯正専門で開業されているから、一度見学させてもらえばいいよ」と願ったり叶ったりの情報を頂き、初めてさいとう矯正歯科クリニックの門を叩きました

斉藤先生とは同じ軽音学部卒業と言うこともあってとても話が合い、何度か見学していくうちに、「やっぱり矯正は楽しい!」という思いが強くなり、あっさりと一般歯科を辞めて矯正の世界に入りました。

しかし矯正は特殊な分野のため、大学時代に学んできたことはほとんど役に立たずまた一からのスタートでした。それでも自分が興味を持つことに関してはとことんやる性格なので、学生時代からは考えられないほど勉強し、セミナーなどにも積極的に参加し、知識を吸収していきました。さいとう矯正歯科クリニックに就職して2年目の時、斉藤先生から、「うちの大学の矯正科も見学してみたら?」というアドバイスを受け、休診日を利用して大学の矯正科に顔を出すようになりました。大学には大勢の先生が勤務していたので考え方も十人十色で、さいとう矯正歯科でもお目にかかれないような様々な治療方法があり、ますます矯正の奥深さに引き込まれていきました。そしてさいとう矯正も2年目を過ぎようとしたころに突然、自分の中で「大学で勉強したい!」とひらめき、さいとう矯正を退職し、大学の矯正科に入局することになりました。

大学病院時代
晴れて、大学病院に入局したのですが、まず私の中で大きな壁となったのが、大学病院ではありがちな人間関係の『しがらみ』でした。思想や治療のコンセプトの違いで自由な発想や治療方法に制限がかかりなかなか思うように自分なりの勉強が出来ませんでした。そんなのはおかしい!と思った私は、大学には内緒でセミナーに参加したりしたのですがそこでも「○○大学の先生なの?よく教授がこのセミナーに参加させてくれたね」などと言われ、「いろんな治療方法を学ぶのはそんなにズレたことなのか・・・?。」と苦悩した時期もありました。そんな『白い巨塔』のような環境ではありましたが、中には熱心に指導してくださる先生方もいたので、「なにも凝り固まった考え方をすることはない。自分なりに学びたいことを学ぶ!」と半ば開き直りのようになり、大学側からすれば私はかなり異端児だったと思います。

研修期間の2年間はあっという間に過ぎ、再就職しなければいけなくなったときに、たまたまさいとう矯正歯科がドクターを募集しようとしていたところだったので斉藤先生が「うちに戻ってくる?」と声を掛けてくださり、そのご厚意に甘え、さいとう矯正歯科クリニックに再就職することになりました。

そんな経緯で今に至るわけですが、大学病院時代を経て感じたことは自分の考え方と斉藤先生の治療に対する考え方は似ているところがあり、特に斉藤先生の『常に最先端の治療を学び、技術を磨く』というお考えに共感を持ち、さいとう矯正歯科に勤務することでより自分を高めることが出来ると思ったので、私にとっては最高の職場だと思っています。(斉藤先生は腐れ縁だと思っているかもしれません・・・)そしてなにより患者様と楽しくふれあえるのがさいとう矯正歯科の一番の魅力だと思っていますので、矯正治療のみならずそのような面からも患者様に最高の治療が提供できるように日々努力していきたいと思っています。


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